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超執刀カドゥケウス、もう触って頂けましたでしょうか?
28日から、任天堂様のスポットで、カドゥケウスのワイヤレス体験版が
ダウンロード出来るようになっております。
お話も手術も序の口もいいところですが、カドゥケウスに流れる空気の
ようなものはつかんで頂けるのではないかと思います。
というわけで、開発も終了し、ホッと一息の新納です。
今回は磯貝さんと私で、ゲームの倫理についてのお話をしようかと思います。
書いてるうちにどんどん重くなってしまいましたが、これは一度はみなさまに
言いたいなぁと思っていた事なので、ちょうど良い機会かもしれません。
昨今、多くのゲーム制作の中で「死」は切って離せないものとなっています。
それは、人の感情にダイレクトに訴えかける強い要素だからです。
医療ゲームにおいてもそれは同様で、どうあっても向き合う必要がありました。
よく、倫理的な規制で「いたずらに〜するべきでない」という文があります。
安易に、意味なく、大した目的もなく、人に悪影響を及ぼすのは慎むべきだ、
という意味と捉えています。これに関しては、自分も非常に賛成です。
架空の話だとしても、安易に何をしてもいい、というわけではないと思います。
だから、カドゥケウスでは、いたずらに「死」を組み込んでいません。
不治の病、重病、そして、死。
現実にそれに際して苦しんでいる患者がいるのに、それらを安易にゲームで
お涙頂戴に語るのは、医療ゲームとして不適切な気がしました。
もしそれらを語るべき時があるとすれば、それは、制作者の信念に基づいて、
決して「いたずらに」ではなく、伝えるべき事が有る時だけです。
カドゥケウスは最後までそれにこだわったつもりです。
最近、「ゲームや漫画の影響で〜」という事件を良く聞きます。
様々な意見があるようですが「ゲームは関係ない」とは自分は思いません。
自分達が真剣に作ったものだし、人に影響を与える事もあるのでしょう。
誰かに転嫁するようなことはせず、真摯に受け止めるべきだと思っています。
ゲームの影響が、例えその発端の0.1%だったとしてもです。
逆に考えれば、人に影響を与える事ができるゲームを、私は誇りたい。
自分のやり方次第で、世の中に良い影響を与える事もできるわけで、
そんな事になったら、クリエーター冥利につきるじゃないですか。
今回は医療ゲームというテーマに取り組む上で、本当に色々な事を
考えさせられました。このゲームにはその思いを沢山こめてあります。
カドゥケウスを通して、私はみなさんに何が伝えられるでしょうか。 |
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